All you need was Love

等間隔に並んだオレンジ色の灯が一つまた一つと後ろへ、時速100kmで流れて行く。
僕は、夜の高速道路を走っていた。時折見かける大型トラック以外に、すれ違う車もない真夜中。サービスエリアにだって誰もいなのではないかと思えるくらいに、僕は一人だった。
目的地はない。ふと、高速道路を走りたいと思った。
理由はいくつもあったし、全然理由なんてなかった。
もしかしたら、月がとても大きくて綺麗だったからかもしれないし、少し便秘気味だったからかもしれない。何よりも理由なんて必要なかったのかもしれない。深く考えるほどのことなんて、何一つなかった。僕にできることは、全部片づけてきたのだから。


男が1人で、高速道路を当てもなく車で走っている。
何かを思い出しそうな、感傷的なシチュエーション。誰も喋らない車内には、防音壁で反響するロードノイズだけが聞こえていた。なんだか心がざわついた。
何か音楽が聞きたかった。
僕は、カーラジオのスイッチを入れた。



「もしも、時間を戻せるとしたら、いつにもどりたい?」

何を切っ掛けにそんな会話をしたのか、今となっては全然思い出せない。
僕とキミは、オレンジ色のマーチに乗っていて、僕が運転していたかキミだったのか、右か左か、いずれにしても隣からキミが聞いた。
当時、まだ20歳かそこそこの僕たちに、時間を戻してまでどうにかしたいような、決定的な瞬間なんてなかったんじゃないかと思うのだけど、それでもあの時かこの時か、と考えていた。

「そうやなあ……」

彼女は短大を卒業したあと、僕が住むまちから地元へ帰り、幼稚園で働きながら過ごしていた。オレンジ色の日産マーチは彼女が就職記念に買った車だった。記念ということもあるし、田舎で暮らすのに必要不可欠だったということもあった。とにかくオレンジ色のマーチを買った。

僕はまだ大学生で、月に1度か2度、彼女の地元へ遊びに行っていた。その時、彼女はオレンジ色のマーチで迎えにきたものだった。

彼女の地元では海沿いのカフェがあり、山には古いうどん屋があった。少し足を延ばせば、もう思い出せないくらいシンプルなテーマパークがあり、高速バスのバス停では様々な店が軒を連ねていた。
その日、オレンジ色のマーチは、小さな半島にある山の山頂を目指して、クネクネとした道を登って行った。映画の舞台になった無人島を、展望台から見ようって寸法だった。

その映画では無償の愛と別離、別離がもたらす成長が描かれていた。

映画の登場人物たちには、時を戻したい瞬間があっただろう、と口には出さなかったけど、そんなことを想っていた。
たわいも無い会話だったけど、とても楽しかった。
カーラジオから音楽が聞こえていた。
確かに、愛こそ全て、と歌っていた。


山頂に着いた。
海に臨む、小高い丘のような山頂には目的の展望台があり、ベンチが何脚かならんでいた。

何人かの観光客がいて、それぞれにそれぞれの過ごし方をしていた。

目的の島はとても小さく、そこから見つけることはできなかったけど、きっとあっちの方角だ、あの辺りかなと、あてもなく探す時間はあっというまに過ぎていった。

「さっきの話しやけどさ」
「え?何の話し?」
「ほら、時間を戻せたらどうだ、とかいう」
「うん、あの話し。それがどうしたの」
「僕はこのままでいいかなって」
「え?」
「時間を戻して、ああだこうだと色々変えるとするやん」
「うん」
「そしたら、もしかたら、キミに出会えない未来が来たとしたら、それは嫌やなって」


海の向こうに島が見えた。それがあの島かどうか分からなかったけど。
夕暮れ時だった。強い夕陽に照らされた彼女の顔は、モネの黄昏みたいだった。
彼女の顔立ちではなく、美しい光景だと、思った。
誰かが何かを囁いていた。彼女の声ではなかった。
その声は、愛こそ全て、と言っているようだった。


数年が経った。僕たちの間には言い争いが増えた。
とっても些細な事だった、と思う。もう理由なんて全然思い出せない。それくらい小さな事だったのだろう。

すれ違い。ただすれ違っただけだった。このまちと彼女まちの間には、すれ違いを生むのには十分な距離があった。

ちょっとした不具合で、例えば体調不良だとか、そんなことで会う予定がなくなれば、その分だけ輪郭がぼやけていった。

彼女の笑いは、少しずつ表情が見えなくなり、僕のそれもきっと彼女には見えなくなっていっていたのだろう。とても愛おしく思う気持ちさえも。

あの日、雨が上がった夜の公園で。

キミが電話を切ったすぐ後に、今のは嘘だ、と電話をかけ直していれば、現在とは少し違った「今」があったのかもしれない。

もしも時間を戻せるとしたら、その時だろうか。ベンチにただ座り呆然とする僕に語り掛けた。
いや、それでも僕は、やっぱり時間を戻さない。
電話をかけ直さなかった、あの時と同じ気持ちで。


キミは今、元気だろうか。たまに大笑いしたり、時々泣いたりしているだろうか。
誰かと愛を囁きあったり、子供を育てたりしているだろうか。
幸せだろうか。
きっとそうだろう。
だから僕は、時間を戻さなくて良かったと思う。
愛こそが全てだったあの頃を、思い出した後の最良の選択。

僕が年を重ねる毎に、キミと過ごした時間の縮尺は短くなっていく。
「じゃあ、また」と言って、手を振るバス停の景色。
「久しぶり」と言って、手を握った港の匂い。
僕が年を重ねる毎に、忘れて、削られて、そしてその度に思い出す。
波打ち際に描いた絵を、波に消されるたびに、何度も、何度も描き直すように。
もう原形を留めていないその絵を見るたびに、聞きたくなるのはビートルズ。あの日、カーラジオから流れていた、あの歌を。
そして、僕はくちずさむ。
愛こそ全て、と。



なんて事を思い出す、午前0時の高速道路。
僕はカーラジオのスイッチを切る。
夜の高層ビル群の景色が目の前にあった。
次の街へたどり着いたようだった。随分遠くへ来たような気分だった。
胸のざわつきは、ある種の懐かしさに変わっていた。
車はあまり行き交っていなかった。夜中の高速道路。
反対車線も、同じように少ない交通量だ。ただ、時折ヘッドライトが僕の顔を照らしていく。
反対車線に視線を送った。

オレンジ色のマーチが、僕の前を通り過ぎた。


また、お目に掛かりましょう。

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この記事を書いた人

Ryutaro_mojax
・1983年生まれ
・約15年、障害者福祉に関わる会社で勤め、医療的ケアを必要とする重度障害者や小児ケアなど専門的な分野の介護・医療現場での経験
・社内研修の構築、HP構築、各種資料の作成などのバックオフィス業務など、幅広い実務経験
・地域貢献活動を行う一般社団法人の理事として、団体運営に関する様々な業務を行う

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